日蓮と源頼朝 2017 06/25 22:10

昼から絵を描きはじめ、もうこんな時間。。。

畠山重忠公の鎧(平安~鎌倉時代)を書き写しながら、
小さな装飾でも模ろうとしないと鎧に見えなくなると感じたり。。。

気分転換に、散策で撮った写真をピックアップ。

そして、日蓮の生まれ育った安房の国・東条の御厨のことを
日蓮御書「新尼御前御返事」をネットで読むことになった。

日蓮は、東条の御厨に天照大神を祀られた頼朝に感謝しているようです。
御書には「源右将軍と申せし人」と書かれており、つまり源頼朝ことです。

御厨は源氏の祖・源頼義が前九年の役を治めた恩賞として
朝廷から頂いた土地であり、頼朝の父である義朝は、頼朝の官位の昇進を念じ
平治元年6月1日に伊勢神宮の御厨に寄進していた土地ということです。

河内源氏の郷にて河内源氏の郷にて 一羽の鷺


「諌暁八幡抄」では、八幡大菩薩は正直の頂に宿るとされており、
頼朝は八幡大菩薩が守護する百王の一人であると書かれていました。

日蓮の十界曼荼羅の八幡大菩薩と天照大神について、ある時期から
考えていましたが、鎌倉の地と関係していることはなんとなく分っていました。
これについて源頼朝と、そして源頼義の名も御書に書かれていたこと、
恥ずかしながら今日知ったのであった。

三度目になりますが、先日、源頼義と義家、そして源義信が眠る
大阪の河内源氏の郷に参ってきたばかりであった。。。

応神天皇陸にて応神天皇陸にて


桓武天皇陸にて桓武天皇陸にて


さて、建築家である伊東忠太さんの妖怪・怪物の絵も好きであることから、
こんど、伊東忠太さんの絵を参考に、怪物の絵を描きたいと思っていて、
本日、伊東忠太さんの絵についてネットで画像検索していた。

検索していたら廟のような画像が出てきた。。。
先日参拝した豊国廟は伊藤忠太さんのデザイン・設計ですが、
他の方の廟も?と思い、クリックしてページの内容を見てみたら・・・

日蓮聖人御真筆の「立正安国論」「観心本尊抄」などの書が
保管されている聖教殿というものであった。

いや、まいった!伊東忠太さん、素晴らしいです。^^

豊国廟にて豊国廟にて


先日の大阪の史跡めぐり・・・
立ち寄った豊臣秀吉の豊国廟(伊東忠太設計)も日蓮御書に結びついた。
鎌倉好きから始まった武将・将軍好きな自分、日蓮御書から教わることも多いです。

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府中 馬場大門ケヤキ並木 源義家と徳川家康 2017 06/24 20:30

関東地方、梅雨入りしたということで暫くは散策が厳しくなる。汗
今日はなんとか晴れたので、府中に源義家の像を見に行った。

府中の駅を降りると、すぐ日本国指定天然記念物のケヤキ並木通りがある。

大國魂神社の参道でもありますが、源頼義・義家の父子が
前九年の役を鎮め、その帰途に大國魂神社に戦勝祈願成就として
ケヤキの苗木1000本を奉樹したのが始まりのようです。

東京府中 馬場大門ケヤキ並木


ケヤキ並木通りを大國魂神社の方に進むと源義家の像はありました。
製作は富山県高岡市出身の彫塑家で喜多敏勝という方だそうです。

前九年の役での戦いは、父である頼義は50歳を過ぎていたようですが、
源義家はまだ10代半ばだったようで、このお姿、理解できます。
そして、頭に巻いた鉢巻が、自分、好きである。

東京府中 源義家の像


さて、鎌倉で鎌倉権五郎景政を祀る社と出逢い、主君であった源義家を
知ることになりましたが、徳川家康も源義家を尊敬していたんです。

以下、ウィキペディアより・・・
徳川家康は以前は元康という名でしたが、青井意足より八幡太郎義家の軍法を
授かったことで、この軍法を継ぐ者は名前に「義」か「家」を継ぐ事になっており、
今川義元からもらった名前を変えたいと考えていた元康は「元」を「家」に変え、
そして、家康と名乗るようになったそうです。

東京府中 源義家の像


府中に向う途中、なんとなく徳川家康の想いが伝わってきたようで・・・
静岡の久能山東照宮に行ったことを懐かしく思い、また行きたいと思った。
というか、夏になったら、また行くことを今日決めた。

久能山東照宮に行った時のブログ → 久能山東照宮 徳川家康

源義家の像の前に到着し、説明板を読んでいたら・・・
その後、徳川家康公により補植されて現在の姿になったと書かれていた。
電車の中で徳川家康公を思い出したこと、偶然ではなかったのかも。

ほかには?と調べていたら、府中には家康公が鷹狩りや鮎漁をしたときの
宿泊所である御殿があったらしく、家康公ともゆかりのある場所だった。


さて・・・先日、豊臣秀吉の亡くなった場所に偶然行くことになりましたが、
徳川家康の亡くなった場所もきっと見ているはずと調べたら、やはり見ていた。

以前、徳川家康が元服した静岡浅間神社を見学しに行ったことがありますが、
その近くにあった城で、たった今、駿府城と知った。

静岡浅間神社に行った時のブログ → 駿河国総社 静岡浅間神社にて

武将・将軍たちへの想い、なぜだか尽きない自分であった。

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夕方から晴れた日 2017 06/21 22:43

今日は日中、大雨が降った。汗

会社帰りに行こうかな?と思っていたところがありますが、
逆にこの天候に・・・夕方晴れたら絶対行くよ!と賭けてみた。

まさかと思ったけど、夕方は晴れてくれた!
迷い無く、即効向うことができた♪^^

さて、向ったところとは、ある有名な人が眠る場所・・・
この人とも、不思議があっての出逢いだった。。。

この人については、特集の雑誌や本人の著書を読んでみたり、
残した作品については国立国会図書館に行ってまで見たりした。

いろいろ記事を読んでいたら、ある記者の方のコラムで・・・
歴史上の人物を取材しているうちに、夢の中でもいいから
現れて欲しいと思うようになったという話しを読んだ。

あの人は出てきたけど、こんなに一生懸命想っているのに、
彼はまだ夢の中で見たことが無いんですよと。。。

その気持ち、凄くわかったり。。。^^;

自分は夢で見ることが出来た。
その人の銅像の前で、星々が刻まれた石板をもらった夢を見たんです。

その贈り物は、この人の歴史を調べている中、
この方を慕っていた人物のゆかりの地まで散策していたからなのかも。

三菱一号館美術館より


そんな夢を見させてもらった人なので、ご命日は忘れないようにしてます。

さて本日、墓地に到着したときは日が落ちていて
真っ暗だったけど、ユリの花を供えさせてもらったよ。

帰り際、供えたユリの花を見たら、花の縁が一瞬光ったように思えた。
周りは街灯もなにも無い場所です・・・このような不思議は初めてだ。

来てよかったと、ちょっと笑顔になった自分であった。

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